US・PGA Tour & PGA・European Tour

選手こぼれ話


F・カプルス(愛称:ブンブン/フレディ) ( Fred Steven Couples )

1959年10月3日生まれ、180p、84kg、プロ転向1980年


主な優勝:「Shell Houston Open」(2003年)、「*The ConAgra Foods Skins Game」(2003年)、
「メモリアル・トーナメント」(1998年)、「ボブホープ・クライスラー・クラシック」(1998年)、
「マスターズ」(1992年)

2003年:

2003年4月27日、アメリカ男子ツアー「シェル・ヒューストン・オープン」最終日、
今季好調のF・カプルスが5年ぶりの優勝を達成。一時引退をほのめかすなど
ファンを心配させたブンブンですが往年のファンはこれで一安心!?

2000年:

「もしPGAのコミッショナーになったら何をしたいですか?」の質問に「全員ショートパンツで回らせる」。
やっぱりちょっと変わってる。

カナダで行われた「スキンズ・ゲーム」で珍しい光景が展開しました。2日間で行われた
うちのたったひとホールでしたが、左打ちのP・ミケルソンM・ウィアが右で打ち。
右利きのS・ガルシアF・カプルスが左で打ちました。結果はミケルソンがベタピン。
とは言っても、もともとミケルソンは右利き。ゴルフの練習をする父親と向かい合って
練習していたため、ゴルフだけ左打ちになったのですから、上手くて当たり前?!
グリーンの端っこにのせたカプルスは「生まれて初めての出来事」と笑っていました。

1998年:

1997年の「ライダー・カップ」に続き、1998年の「プレジデント・カップ」にもキャプテン推薦枠で
出場が決定しました。期待に応える成績を残すので、チーム戦には欠かせないプロです。

結婚式の後のハネムーンは1試合出場後とプロゴルファーは大変。「ヒントで場所がわかった人は
出席してもいいよ」と言っていた結婚式は、身内だけのひっそりとしたものでした。

再婚が決まりました。ゲームを盛り上げてくれるプロだけに、ツアーにとっても明るい話題です。

1998年4月の「マスターズ」で、初日から飛ばし優勝候補にあがりながらも、「初日トップは
優勝しない」
というマスターズのジンクス通り、M・オメーラに大逆転されてしまいました。しかしゲームを
盛り上げ、改めてその強さをアピール。愛称の「BOOM・BOOM」のドライバーやジュニア・クラブも
発売されているなどアメリカでは人気の高いプロです。

毎年オフシーズンに行われる「スキンズゲーム」の顔ともいわれ、毎年出場していたこの大会を
1997年は、父親の死という悲しい出来事で欠場しました。本人も長年腰痛に悩まされていてなかなか
ファンの期待に応えられませんでした。しかし1998年1月「Bob Hope Chrysler Classic」優勝
心配していたファンも一安心。

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