JPGA & JLPGA Tour

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1998年☆国内男子トーナメント結果

JPGA日程 優勝者 1998年☆男子競技名称
3月 12〜15日飯合 肇 プロ(−16)東建コーポレーションカップ
19〜22日E・エレラプロ(−13)ダイドードリンコ静岡オープン
26〜29日C・フランコプロ(−17)ジャストシステムKSBオープンゴルフトーナメント
4月 2〜5日D・チャンドプロ(−17)デサントクラシックマンシングウェアカップ
9〜12日M・オメーラプロマスターズ(海外4大メジャー)
16〜19日宮本 勝昌プロ(−17)初優勝つるやオープンゴルフトーナメント
23〜26日F・ミノザプロ(−5)
(全英オープン出場権獲得)
アジアンツアー日本大会
キリンオープンゴルフ選手権競技
30〜5/3日デービス・ラブVプロ(−11)中日クラウンズ
5月 7〜10日C・フランコプロ(−9)フジサンケイクラシック
14〜17日B・ジョーブプロ(−8)日本プロゴルフ選手権大会(10年シード獲得)
21〜24日B・ジョーブプロ(−17)宇部興産オープンゴルフトーナメント
28〜31日谷口 徹プロ(−16)初優勝三菱ギャラントーナメント
6月 4〜7日水巻 善典プロ(−14)JCBクラシック仙台
11〜14日鈴木 亨プロ(−16)札幌とうきゅうオープンゴルフトーナメント
18〜21日B・ワッツプロ(−10)ポカリスエットよみうりオープンゴルフトーナメント
18〜21日L・ジャンセンプロ(E)全米オープン(海外4大メジャー)
25〜28日B・ジョーブプロ(−13)〜全英への道〜
ミズノオープンゴルフトーナメント
7月 2〜5日丸山 茂樹プロ(−20)今季1勝目PGAフィランスロピートーナメント
9〜12日尾崎 将司プロ(−18)今季1勝目ヨネックスオープン広島ゴルフトーナメント
16〜19日M・オメーラプロ(E)全英オープン(海外4大メジャー)
23〜26日田中 秀道プロ(−15)今季1勝目
(プロ入り通算3勝目)
アイフルカップゴルフトーナメント(新トーナメント)
30〜8/2日河村 雅之プロ(−20)今季1勝目NST新潟オープンゴルフ選手権競技
8月 6〜9日片山 晋呉プロ(−14)サンコーグランドサマーチャンピオンシップ
13〜16日V・シンプロ(−9)全米プロ(海外4大メジャー)
27〜30日尾崎 将司プロ(−13)3年連続優勝久光製薬KBCオーガスタゴルフトーナメント
9月 3〜6日桑原 克典プロ日本プロゴルフマッチプレー選手権
10〜13日小山内 護プロ(−10)初優勝サントリーオープンゴルフトーナメント
17〜20日深堀 圭一郎プロ(−9)全日空オープンゴルフトーナメント
24〜27日T・ハミルトンプロ(−18)ジーン・サラゼン ジュンクラシック
10月 1〜4日田中 秀道プロ(−5)今季2勝目
(プロ入り通算4勝目)
日本オープンゴルフ選手権(10年シード獲得)
8〜11日伊沢 利光プロ(−11)国際オープンゴルフトーナメント東海クラシック
15〜18日日下部 光隆プロ(−8)日経カップゴルフトーナメント 中村 寅吉メモリアル
22〜25日佐藤 信人プロ(−13)ブリヂストンオープンゴルフトーナメント
29〜11/1日尾崎 将司プロ(−13)フィリップ・モリス チャンピオンシップ
11月 5〜8日横尾 要プロ(+46)初優勝アコムインターナショナル(ポイント制)
12〜15日L・ウエストウッドプロ(−13)
(3年連続優勝)
住友VISA太平洋マスターズ
19〜22日L・ウエストウッドプロ(−13)ダンロップ フェニックストーナメント
26〜29日B・ワッツプロ(−14)カシオワールド オープンゴルフトーナメント
タイガー・ウッズ初参戦(15位タイ)
12月 3〜6日宮本 勝昌プロ(−5) 今季2勝目ゴルフ日本シリーズJTカップ
10〜13日田中 秀道プロ(−11)沖縄オープンゴルフトーナメント

シーズン最終戦「沖縄オープンゴルフトーナメント」が終わると3月まではオフシーズン。人気プロは
「お正月特番」等の収録で忙しくなります。

ゴルフ特別番組のひとつ「BIG5 チャリティ サバイバルマッチ」は1998年12月27日(日曜日)
AM6:00〜7:15放映されました。出場プロは、中島 常幸プロ、丸山 茂樹プロ、田中 秀道プロ、他。

オフシーズン恒例のゴルフ特別番組のひとつ「'98ゴルフバトルロイヤル」は1998年12月26日(土曜日)
PM2:00〜3:24放映されました。出場プロは、青木功プロ、田中秀道プロ、トム・ワトソンプロ、アーニー・エルスプロ、他。

シーズンオフに入って早速、千葉県内の某ゴルフ場で、ジャンボ軍団+飛ばしやプロゴルファーによる
プライベートなコンペ
が開催されました。ジャンボ尾崎プロは途中で抜けたようですが、プロの技の競演の
レベルの違いにゴルフ場関係者は感心することしきりだったようです。

「ゴルフ日本シリーズJTカップ」(1998年12月3月〜6日)、3日目E・エレラプロが18番ホールで
ホールインワンを達成。244ヤードを、2番アイアンを直前に3番ウッドに持ち替えての結果でした。

「カシオワールド オープン」(11月26〜29日)で、細川 和彦プロがホールインワンを達成。

1998年11月26〜29日の「カシオワールド オープンゴルフトーナメント」で、とうとうタイガー・ウッズプロが日本ツアーデビュー。場所は鹿児島県のいぶすきGC。その他の海外招待選手はR・グーセンプロ、
P・スタンコウスキープロ。

E・エルスプロが、1998年11月の「ダンロップ・フェニックス・トーナメント」に出場。

今年メジャー2勝のM・オメーラプロが、1998年11月の「住友VISA太平洋マスターズ」に出場予定。
その他の海外招待選手は前年優勝者L・ウエストウッドC・パリープロ、D・クラークプロと豪華。

今年いろいと話題の多かったB・ワッツプロは、1999年はアメリカーツアーで戦うことがほぼ決まりました。 今年の「全英オープン」での活躍と賞金額の合計で資格を得て決定したようです。もともとアメリカツアーの資格であるQスクール(ツアーテスト)に受からず、出場権を求めてアジアツアーに来たわけですから本来の希望がやっとかなうわけです。

攻めのゴルフが面白い、ポイント制の「アコムインターナショナル」

国内最高賞金額の「フィリップ・モリス チャンピオンシップ」が、1998年10月22日から開催されました。
5人がトップスコアと混戦の中、尾崎 将司プロが最終ホールでイーグルを決め一人抜け出してそのまま優勝を決めました。

1998年10月22〜25日の「ブリヂストン・オープン」に、「全米オープン」98年の優勝者L・ジャンセンプロとN・プライスプロが出場しました。残念ながらN・プライスプロは予選落ち。2日目から最終日とトップに立った 尾崎 健夫 プロは最終日にスコアが伸びず、18番で並ばれプレーオフで2位へ。

1998年9月の「サントリーオープンゴルフトーナメント」に、全米オープン優勝者のL・ジャンセン選手が
出場。毎年習志野CCで開催されていたトーナメントですが、今年は日東興業の倒産で、総武CCに変更に
なりました。スポンサーが減ったり、規模が縮小されたり、賞金が減ったりとプロゴルフ業界も大変です。

確率 66%。これ何の数字だと思いますか?今年の男子の予定試合数は36ありますが、6月28日までに
15試合終了で、うち10勝が外国人選手という外国人選手の勝率です。一時期は勝率80%というヒドイありさまでした。「外国人選手に嘲笑される日本のプロゴルフ」という記事が掲載される程、本当に今年は勝てない。 スポンサー離れが心配される現在、若手の皆さんに何とか頑張って欲しいものです。

1998年6月18〜21日の「ポカリスエットよみうりオープンゴルフトーナメント」最終日は雨による中止のため、前日トップのB・ワッツプロがそのまま優勝を決めました。 ホールインワンを3人が達成と珍しい試合となりました。

1998年5月30日、男子の「三菱ギャラントーナメント」と女子の「東都自動車レディースプロゴルフトーナメント」ホールインワンがでました。 それぞれ3日目のショートホールでの出来事ですが、同じ日に男女トーナメントでというのは珍しい。

1998年5月28日、「三菱ギャラントーナメント」で1ラウンド18Hでのトーナメント最小スコアの日本記録が更新されました。1イーグル、10バーディ、1ボギーの30・30=60で まわったのは、シードを一度も取ったことのない44歳のベテラン、藤池 昇龍プロ。ちなみにハーフの最小スコアは芹沢 信雄プロの29
「すごいなぁ」と思いつつも、アメリカのナイキツアーの最小スコアが59だったのを思い出してちょっと考えてしまいました。1打の差ではありますが、かたや日本のレギュラーツアー、かたやアメリカの準ツアー。

1998年5月「日本プロゴルフ選手権大会」が開催されました。優勝者には10年シードが与えられ、 国内では珍しく予選ラウンド2日間もTV中継される大会なのですが、スコア上位の選手がほとんど映らないという日本のゴルフ業界のお寒い実態を露呈する放映となりました。アメリカではあのタイガー・ウッズでさえスコアが 悪ければほとんど画面に現れないというのに、日本の試合ではスコアに関係無くお馴染みの顔が延々と映されるだけ。予選ラウンドトップの3人が映ったのは1分前後。これでゴルフの面白さが本当に伝わるのでしょうか? 国内のTV中継はお馴染みの顔が優勝する時は延長しても、それ以外は途中であろうが放送は終了。例えば映画を見ていて、クライマックスの途中で終了しているようなもの。日本のスポーツ中継って・・・・。

1998年4月の「中日クラウンズ」に、グランドスラム優勝者の2人、 デービス・ラブV(全米プロ優勝)
ジャスティン・レナード(全英オープン優勝)が出場しました。デービス・ラブVは初日からトップを独走し
2位と8打差で優勝。世界で活躍するトッププロの強さを発揮しました。

1998年4月1日(水)の「デサントクラシックマンシングウェアカップ」プロアマ戦に、オリンピックの
金メダリスト舟木 和喜選手がプロアマ戦のスタッフとして来場しました。本人はゴルフをしないのですが、
冠企業のデサントが舟木選手の勤め先ということで実現したようです。


日本プロゴルフマッチプレー選手権(1998年9月3〜6日)

最終日:36ホールでも決着がつかず、エクストラホールへともつれ込みました。死闘を制したのは
桑原 克典プロ。マッチプレーの面白さを語る、名勝負となりました。
3日目:2年連続優勝の期待がかかっていた丸山 茂樹プロが4回戦で敗退。帰国直後の1日に36ホールというマッチプレーがたたったのか、途中疲労が目にみえる程。 横田 真一プロと条件は同じとはいうものの、もともと体が丈夫でない丸山 茂樹プロ。昨日までとは別人のようなプレーに、2連覇の夢が消えました。
決勝に残ったのは、横田 真一プロ・桑原 克典プロの二人。
2日目:16人が8人、8人が丸山 茂樹プロ・横田 真一プロ・桑原 克典プロ・ゾウ モウプロの4人になりました。 18ホールの戦いは今日まで、明日から36ホールの過酷な戦いが始まります。
ストロークプレイのトーナメントとは違ったゴルフの面白さが見れる「日本プロゴルフマッチプレー選手権」。 4日間のトータルスコアで優勝が決まるストロークプレイと違い、1ホール毎の勝敗の積み重ねで翌日へ
勝ち残れるかが決まるという、精神的強さが要求されるマッチプレー。初日で32人が16人へと減った中に
前年に大会最年少優勝を決めた丸山 茂樹プロもいて見ごたえのある展開です。

☆選手こぼれ話☆


丸山 茂樹 プロ (愛称:マルちゃん)( Shigeki Maruyama )

1969年9月12日生まれ、169p、83kg、プロ転向1992年

主な優勝:プレジデンツカップ(1998年チーム優勝)・「PGAフィランスロピートーナメント」(1998年)・
「日本プロゴルフ選手権」(1997年)・「日本プロゴルフマッチプレー選手権」(1997年)
プレジデンツカップ成績:0敗−0分け・MVP獲得(1998年)

1998年12月プレジデンツカップにインターナショナルチームのメンバーとして出場。ペア・シングル共に
ただ1人5戦5勝とマルちゃんは大活躍。ホールアウト後、待ち構えたチームメイト(男性)のキスぜめに。
現地オーストラリアでは、たどたどしい日本語の「マルヤマ」「シゲキ」の声援も飛び交い、MVPも獲得。
もうりっぱな「世界のマルちゃん」!新しく付いたあだ名は「スマイリー」。
結石で一時、緊急入院の心配もあった丸ちゃんが、「カシオワールド オープン」で元気にプレー。最終日66と追い上げ、4位タイ。
「住友VISA太平洋マスターズ」プロ・アマ戦で行われたドラコンで、315ヤード飛ばしてプロ部門優勝。実はあまり飛ぶ方ではない丸ちゃん、初のドラコンがとれてとても嬉しそうでした。
「マスターズ」後遺症?からなかなか抜け出せないマルちゃんでしたが、他の選手の激しい追撃をかわし
「PGAフィランスロピートーナメント」(1998年7月2〜5日)の最終日で今年の1勝目を勝ち取りました。
この1勝を弾みにして「全英オープン」で暴れて欲しいものです。がんばれマルちゃん。
1998年5月日本プロゴルフ選手権大会前年優勝者のマルちゃんは予選落ち。2年連続優勝の期待があっただけに残念。
1998年8月の「全米プロ」の招待状が丸ちゃんに届きました。青木プロ以来、世界で活躍する日本人が
いなくて寂しい限りでしたが、丸ちゃんならやってくれそうですね。
1998年4月10日「マスターズ」2日目は、サスペンディッド(日没)による1日目の残りホールを消化してから続けてスタート。 早朝からのラウンドがたたったのか、1日目前半、単独トップの瞬間もあったのが嘘みたいなスコア。予選落ちの残念な結果に終わりました。やはり「マスターズ」は甘くない。でも丸ちゃんなら来年またがんばってくれることでしょう。お疲れ様でした。
1998年4月9日「マスターズ」1日目12番ホールまではトップタイだった丸ちゃん。奥さんの誕生日ということもあって トップタイのまま初日を終了したかったのですが、13番でクリークにつかまりダブルボギー。残念。
1998年3月28日PM3:30から「がんばれ丸ちゃん!夢のマスターズ」がTBSで放映されました。
やはり「マスターズ」出場は別格です。
今年は、子供の頃からの夢だった「マスターズ」の招待状も手に入れて活躍が期待されている丸ちゃん。
「マスターズ」の「Par.3コンテスト」では−2で2位タイと健闘しました。

尾崎 直道 プロ (愛称:ジョー) ( Naomichi Ozaki )

1956年5月18日生まれ、173p、68kg、プロ転向1977年

主な優勝:「PGAフィランスロピートーナメント」(1997年)・
「ヨネックスオープン広島ゴルフトーナメント」(1997年)
プレジデンツカップ成績:1敗−0分け(1998年)

1998年12月プレジデンツカップにインターナショナルチームのメンバーとして出場。3戦中、
1敗−0分けとチームに貢献。
1999年USAツアーのシード権を獲得。これで6年連続です。
USAツアーに参戦中のジョーですが、プレイヤーズ・チャンピオンシップ2日目(1998年3月28日)、
トップタイに並びました。USAツアーを断念しかかっていたプロに今年は2年連続のホールインワン
起きるなどして幸先の良いスタートに続いて今度はトップタイ。ジョーの活躍に期待しましょう。

尾崎 健夫 プロ(愛称:ジェット) ( Tateo Ozaki )

1954年1月9日生まれ、180p、80kg

「ブリヂストン・オープン」(1998年10月22〜25日)の2日目、3日目、単独トップと久々の活躍。5年ぶりの優勝の期待がかかったのですが、最終ホールで並ばれてしまい、プレーオフで2位となりました。
あるトーナメント中、ティーグラウンドで可愛らしい小さな女の子を見つけてネームボールをプレゼントした
ジェット。「ねぇ、どうしてボールをくれたの?」と父親に質問する声を聞きつけ「それは君が可愛いからだよ」と
答えながらワッグル。ジェットの声が聞こえず「ねぇ、どうしてボールをくれたの?」と再び父親に質問する声に
「だから、それは、君が可愛いからだよ〜」と叫びながらティーショット。

中島 常幸 プロ(愛称:トミー) ( Tsuneyuki Nakajima )

1954年10月20日生まれ、180p、80kg、永久シード

1998年10月22日「ブリヂストン・オープン」初日、3年ぶりの単独トップと久々の活躍。
1998年4月の「中日クラウンズ」で、日本史上初の314ヤードを1打で決めるという記録を達成しました。 「世界で一番美しいスィング」と絶賛されたプロの活躍は、スィング改造後影を潜めましたが、最近の上位入賞で復活が期待されます。 「A(青木プロ)・O(尾崎プロ)・N(中島プロ)」と並び称された強さは現在アマとして活躍中のご子息、雅生くんへの注目として有りますが、 ご本家にもぜひがんばって欲しいものです。

川岸 良兼 プロ ( Ryoken Kawagishi )

1966年12月6日生まれ、180p、88kg

1998年9月27日の「ジーン・サラゼン ジュンクラシック」で紹介された応援FAXで「久々の活躍」との 指摘どおり、ここ数年は優勝から遠ざかっています。学生時代は、数々のタイトルを取り、プロ入り後の活躍が期待された川岸プロ。海外のトッププロに「雄牛の力」と表されたパワーを活かして活躍して欲しいものです。
プロのことで思い出すのは、港区にある某練習場での出来事。ドライバーショットが軽々ネットを超えて しまったため、スタッフが飛んできてドライバーでの練習を中止してもらうように懇願。実はネットの先には併設されたボウリング場の駐車場があって、しかも場所柄、高級外車がよくとまっているのでおお慌てになったのです。

水巻 善典 プロ ( Yoshinori Mizumaki )

1958年8月27日生まれ、178p、75kg

1998年6月の「JCBクラシック仙台」で優勝した水巻プロは現在USAツアーに挑戦中。タイガーM・オメーラと同じ町に住み、一緒にラウンドしているそうです。オメーラに「日本で3勝はしてこいよ」と言われていたので、まずは1勝で一安心? タイガーとのラウンドで「他の選手がどんなに飛ばしてきても気にならなくなった」そうです。
1998年5月の「三菱ギャラントーナメント」3日目、ホールインワンを達成。

D・チャンド プロ

ミニツアーの頃、キャスコのドライバー「スーパーハイテン」を絶賛していたチャンドプロ。トーナメントにも使用しているのかと 注意して見ていたのですが、大笑いしてしまいました。ヘッドカバーは確かに「スーパーハイテン」なのですが、ドライバーの形状はどう見てもビッグバーサ。
1998年4月、「デサントクラシックマンシングウェアカップ」に初優勝したチャンド選手は、羨ましいことに タイガー・ウッズとお友達。日本のプロ入りは97年ですが、同じフィジー出身のV・シン選手のお弟子さんとして
ミニツアーでは有名な存在でした。優勝して日本のシードを手に資金を稼ぎ、将来はUSAツアーで活躍する姿を見ることが出来るかも知れません。

杉原 輝雄 プロ ( Teruo Sugihara )

1937年6月14日生まれ、162p、60kg、永久シード

口の悪いことで有名なプロ。あるトーナメントのイベントで両膝をついて曲打ちショットを披露したコングに
「普通に打つよりうまいじゃないか。今度からそれで打てばいいんじゃないか?」
アメリカの有名なプロに教えている、あるティーチングプロに「もし日本でプレーすることがあったら、ぜひ杉原プロのプレーを見なさい。 1ホールではなく、18ホール全て見てそのコース戦略を学びなさい。」と言われる程のプロです。飛ばなくても勝てるゴルフをするので、アマチュアは勉強になります。

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